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カイザキ

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去りゆく一切は
いちいちヘコんでたら、いちにちヘコんでなきゃいけないだろ
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ところで電通のこと(3)
(2)のつづき。
 
 話が前後するが、昭和3年(1928年)、東京帝国大学経済学部を卒業した1人の若者が電通の門をたたき、営業部に配属された。
 
 若者の第一志望は新聞記者になることだったが、当時の名だたる新聞社の面接試験ではすべて惨敗。このあと名の通った企業を手当たり次第に受けるが、ここでも落ちに落ちて、結局、「社名さえ知らなかった会社、電通」に引っ掛かったのである。
 
 失意の中、社会人となった彼は、のちに当時の広告ビジネスをこう振り返っている。
 「最初、体格検査の通知を受けた時に、これはえらい会社だと思ったが、四月二日の入社日に出てみて、更にこれはとんでもない会社だ、いよいよ中に入ってみて、それこそ本当にこれはとんでもない会社だということになった。というのは、当時は広告取引きというものが、本当のビジネスになっていない。実業じゃないのだ。ゆすり、たかり、はったり、泣き落としだ。わずかにそれを会社という企業形態でやっているだけで、まともな人間や地道な者にはやれなかった仕事なんだ」(電通入社二十五周年回顧座談会)
 
 当時の広告業界に失望し、軽蔑していたこの若者こそ、のちの電通4代社長――電通を世界一の広告企業に押し上げ、それまで広告主と広告媒体の隙間に巣食う賤業でしかなかった広告ビジネスを“情報”の寵児に仕立て上げた人物――吉田秀雄、その人である。
 
 「鬼十則」(もう電通内でも死語になっているらしいが…)などで知られる吉田秀雄については、書店で検索してもらえばすぐに詳しい書籍が見つかるはずなので、そちらに譲るとして、ともかく電通は吉田を迎え、劇的な発展を遂げることになる。
 
つづく。
 
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