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去りゆく一切は
いちいちヘコんでたら、いちにちヘコんでなきゃいけないだろ
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ところで電通のこと(6)
(5)のつづき。
 
 広告代理店は狩猟民族であるといわれる。その世界では、先に狩猟場を探し当てた者の勝ちであり、先に狩猟の方法を見つけた者の勝ち、そして、先に結果を出した者の勝ちということになる。とにかく先んじているに越したことはない。
 
 電通が日本の民間放送の立ち上げに関わったことは前回触れた通りだが、電通はこのことによって、ラジオ放送という新しい広告ビジネスで他の広告代理店より優位に立った。そして、この優位性はそのままテレビ放送に持ち込まれることになる。やがてテレビは広告の主力(昭和50年に広告費が4208億円となり、新聞を抜いて最大の広告媒体に成長する)となり、いつしか広告業界は、「電通を頂点とするガリバー型寡占構造」へと変貌していくのである。
 

参考資料1 電通の売上高
 
昭和23年  10億2661万円
昭和24年  25億6940万円
昭和25年  37億7128万円
昭和26年  49億7528万円
昭和27年  83億2131万円
昭和28年 118億2905万円
昭和29年 131億9345万円
昭和30年 146億8866万円
 
※ 民放ラジオがはじまった昭和27年を機に、売上が倍増していることがわかる


参考資料2 総広告費に対する電通の広告占拠率
 
昭和26年 19.7%
昭和27年 16.2%
昭和28年 24.0%
昭和29年 24.0%
昭和30年 24.1%
昭和31年 23.9%
昭和32年 24.4%
昭和33年 29.2%

※民放テレビがはじまった昭和28年以後、占有率が24%代に跳ね上がっている


 参考資料2をご覧頂いてわかる通り、民放テレビの登場で電通は総広告の24%、つまり全広告の約1/4を1社で牛耳っていたことになる。
 
 田原総一郎氏が『電通』を著した頃、すなわち昭和50年代(テレビが現在のような、“ながら見”ではなく、もっとお茶の間で力を発揮していた時代)に目を向けてみるといよいよ恐ろしいことになっており、昭和54年の電通の売上高は5605億2000万円。昭和55年12月における在京テレビ局のゴールデンタイム(19時~23時)の総時間、28時間のうち、電通が関与していない時間帯はTBSが3時間半、NTVが2時間半、フジテレビが3時間、テレビ朝日が5時間となっており、全体でいえば1割程度の時間ということになる。逆にいえば、東京のゴールデンタイムの9割は電通が握っていたわけで、まことに見事な寡占ぶりといえよう。
 
つづく。
 
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